妹たちへ Site: Shinlog Published: 2026-06-05 Language: ja HTML: /妹たちへ/ Markdown: /妹たちへ.md Text: /妹たちへ.txt ほんとは醜かもしれない美でもって森羅万象をいろどりながら、自分なりの世界図絵みたいなものを人知れずせっせと補完しつづけていたのであった。 こうして完成されつつある世界図絵は、それこそだれにも譲りわたすことのできないものであり、それどころかその存在すらも他人に気取らせてはならないものなのであった。この目くるめくばかりの孤独な作業。おろかな一人よがりのコメニウス⸺とはいえ、もしかするとその頃のわたしは、おそらく生涯のうちでも最も老成した、頑迷姑息なまでに確固たる独立自歩の生きものであったのかもしれないのだが。 いまのわたしは、もちろん、そのような世界図絵が、何もこの子一人の胸にかぎって胚胎したわけではないことぐらい十分承知している。ひとはそれぞれ各人の形而下的形而上的身長ないしは恰幅にあわせ、遅かれ早かれそのような世界像を抱くにいたるものなのだろう。 ただ、その自家製世界地図を、何気兼ねなく堂々と呈示したり、自他共にゆるす優秀品として余人にも頒布したりできるか、それともかつてのわたしという子供のように、あくまでもこっそりと、その所持すらも恥ずべきことであるかのように人目に立てず秘匿しつづけるか。そのあたりになにか大きな問題がひそんでいるような気がしてならない。 ⸺ 大人にはきこえぬ笛, p. 75 この、母なる大地に属さぬというかぎりにおいて、少女は男たちと対等であり、その孤独を頒ちあうことができる。 孤独、か。男たちはしかし、それが彼らの性に共有の宿命にすぎないことをわすれ、ともすれば生まない者の孤独をひけらかしたがる。それにくらべれば少女らは、ほとんどストイックなまでに寡黙であり、頑なに手のうちをのぞかせまいとする。 ほんものの少女が、かつて饒舌であり雄弁であったことがあるか。あったとしても畢竟、他人には不可解のモノローグでしかない。美のためには食を拒んで死ぬことさえできる、おそるべき精神主義者たち。その文法がそう易々と他人に解けてたまるものか。 夢と、少女と。この両者がふしぎな婚姻をとげるのも、おそらくこの孤独という一点をおいてほかにはないだろう。 ここでいう夢はあくまでもフィジカルな、孤独な夜の訪れとしての夢だ。理想としての夢を壮語する男たちのそらぞらしいことばほど、少女にとって縁遠いものはない。 さながら痛みにも似て、夢だけはだれにも頒ち持ってもらえないことを少女はわきまえている。少女らは今日もせっせと紡ぎつづけている。おのれにそのような夢をもたらす何者かとの神聖不可侵な対話を、ひっそりと。 ⸺ 夢と、少女と。, p. 222 だいたいこの子がそのような本の虫になってしまった理由だって、煎じつめればすこぶるあやしげなものだ。 「先取りされた老境」ということを、いつぞや記したことがある。子供は一刻一刻をじつに豊富に生きる。齢四歳にしてこの子は、それまでの数々の経験により、自分が子供社会の中での完全な敗北者でしかないことを、すでにして十分知りつくしてしまっていたのである。彼らに伍して堂々とたたかってゆくには、この身はあまりにも非力すぎたのだった。 そうだ、涙にぼやける目をくっとこらえながら、群れさそふのびやかな同輩たちのたわむれを物蔭からじっと見守っていたあの頃、わたしの耳は「なべてのもののわれに向ひて死ねといふ」その声をはっきり聞きとってしまったような気さえする、この子はいっそそのまま死んでしまえばよかったのか。 にもかかわらず、この子は生きのびた。断ちがたい生への執着の結果として。というより、くりかえし身内にわきあがる一種のゴシック的志向、「わたしは小さい、もっと大きく強くなりたい」という熄みがたい思いの遣り場を、幸いにも他に見出すことができたから、といった方がむしろ当っていよう。 お話もご本も、活字も頁も書物も、そして「不思議な童話の世界」も、この子にとっては要するに鬱積した生命力のせめてものはけ口にすぎなかったのだ。そこでなら自分が唯一、強大を誇っていられるささやかな自治領だ。 * 代償作用としての人生、⸺とまで書いて、思わず笑いがこみあげてきた。むかし流行った「中古娘」とかいうはやり唄の文句を思い出したからだ。そして、どう考えなおしてみても、中古や代償であきらめるよりは、おんもで勝ちほこっている実人生の方がわがアリスにとって羨ましいことはたしかなのであった。 ⸺ 不思議な童話の世界とわがアリスとのあまりにも興醒めな諸関係について, pp. 226-227 ついでに、物のたとえという観点からいえば、この死にたいというせりふはべつに苦難に際してとはかぎらず、逆に歓喜のきわみの表現としても用いられます。そのことだってアリスはむろん身に覚えがなかったわけではありません。ただしこのばあいは死に賭けるといった切羽つまった心境よりは、いっそ死んでもいいけれどそれよりは生きてこの恍惚を持続できればといったさもしい根性がどこかで透けて見える⸺いや、失礼、これはほんとうの歓喜を知らない者の僻言でしょうか。だって、さもなければどうしてもっと甘美な情死の例が、絶望による自殺の数を凌駕するにいたらないのでしょうか。 死はひとつの解放ともみなされます。人間、やはり苦痛からの解放は求めても、歓びからの解放をねがうほど愚かではないということかもしれません。愚かか、でなければ狂っているかです。そもそも生ある身でありながら死をのぞむこと自体がすでにして狂気の沙汰といわれてしまえばそれまでですけれど、ましてよ、個体保存本能はいざ知らず、ものの本によれば種族保存本能とやらのためにある生命体がみずからの破滅に向って正気で突進してゆくことだって、ままあるそうな⸺ ⸺ あるアリスの終焉, p. 261 そして、旬日。一通のお手紙がわたしの手許にもたらされた。端正な上書きの筆蹟はかねて見なれてはいるものの、かつて夫婦連名あてにくださったものはすべて置いてきてしまったために、わたしとしてははじめて受取る瀧口さんのお便りであった。 いま、こうしてそのときのお手紙を読み返しながら、わたしはここにその全文を披露してしまいたい思いにしきりに駆られる。たしかにこれは単なる私信のかぎりを超えて、ひいては女性そのものに向けられた最高に形而上的な相聞歌にも響き紛うものと信ずるから。 でもそれはやはり差し控えよう。いまはただ、この一通の異性の立場からするお便りが、受け手を文字通り至福の思いにひたらせてくれたことを告白しておくにとどめよう。いままでのすべては報いられ、わたしは確実によみがえったのだった。⸺「それは他に言いあらわしようのない、愛といってよいものでしょうか、あまりにも使い古びた言葉なのですが。」と書き送ってくださった、まぎれもないその愛によって。 アリスの一件があったのはそれから四月ほど後のことで、お礼状はもちろんしたためたものの、直接お目にかかるのはお手紙以来はじめてだった。あの夕、瀧口さんと二人だけになるまえ、A画廊の青木氏にさそわれて食事をご一緒させていただきながら、こちらはわれ知らずはしゃいでいたのだと思う。 「しかたがないから、オンナ瀧口さんにでもなろうかと思って……」 近況を気遣ってくださる二人の紳士のやさしいおたずねに思わず口からとびだした不遜のせりふを、瀧口さんは青木氏ともども、心から愉快そうにわらって受け容れてくださったのだが。 その後、シモーヌ・ヴェイユを多少読みかじり、アランがこの女弟子をついに理解できなかったらしいことを知るに及んで、少くともわたしはヴェイユほど孤独ではないと、瀧口さんを身近にもつことのしあわせをつくづく思ったことがある。 「……しかし私も性のまぼろしのなかを彷徨してきたもののひとり、(中略)あなたがこれまでの、そしてこれからも二つのものとの相剋から生れるあなた御自身の存在に聴き入りたいという熱望を抑えることはできません」 これもお手紙の一節だが、アランに欠けていたものはもしかすると、この、おのれと異なるものに耳をかたむけるという、謙虚でしかも無心な愛情ではなかったか。 ⸺ アリスとの別れ, pp. 285-286 彼女自身の父親からもたらされたのだった。 あなたはなぜ、わたしを見捨てたのです。 子供は屢々、みとめられたいという欲求だけで重度の歩行障害に陥ったりするものだ。この子はしかし、病気に逃げこむにはあまりにも気丈でありすぎた。身近に見るおなじ暴君の犠牲者たち⸺非力な母や弟たちのためにも、少女はみずから率先して失地回復にあたらなくてはならない。そこで、とりあえずは一冊のノートにむかい、自分を彼に見直させるための訴状を綴りはじめる⸺。 アナイス・ニンの『日記』の成立過程を記せば、ざっとこんなことになるらしい。そこまでならばいつの世の、どこの娘にでも起りそうなことだ。ニンの場合、特別なのは、思春期をすぎても彼女がこの日記を手放さなかったことにあるだろう。手放さなかったというより、手放せなかったという方があたっていよう。動機はどうであれ、日記はやがて孤独な少女の無二の友人として独立歩行しはじめ、いわば分身として彼女とともに年を重ね、さまざまな人々との出逢いを重ねるうちに、いつしか途方もない分量にふくれあがっていった。 少女アナイスは、こうして何よりもまずこの膨大な『日記』の作者として、はからずも文学史上に名をとどめることになったのだ。 ⸺ 〈神〉としての日記, p. 307 何の変哲もない、つつましい一女性の回想記。物語への耽溺と、人並みの幻滅と、夢と、そして信心と。ここにはしかし、とりたててきらびやかなアヴァンチュールもなければ、これといって肺腑を抉るほどの深刻な悲しみも見られない。少くとも人の心に切実に訴えかけるべき要素はほとんど皆無といってよい。なぜこのような作品が不滅の古典として生きのこることをゆるされたのであろう。強いていえば盛りこまれた情景描写や文章そのものの流麗な美しさゆえか。それはたしかにあることはある。また当時の人々の暮しを如実に伝える記録性のゆえか。 戦時の国語教育にはたしかに偏りがあったかもしれない。しかしあの頃称揚されたいくつかの古典には、まだしも生気があり活力があった。よし民族精神作興のよすがとして悪用されたにせよ、万葉にはそして古事記には太初への回帰の志があり、森羅万象との大らかな交感があった。防人の歌にせよ相聞にせよ、日常性へのたしかな拒否があった。 おそらくその方が人生経験のない子供にも訴えやすい美であったともいえる。戦果華やかな頃は茂吉の『万葉秀歌』にみちびかれ、国敗れて後は短歌第二芸術論などということばを小耳にはさんだりもしながら生い立ってきた世代には、やはり古今以後のそこはかとないものの哀れや嫋々たる詠嘆調をどこかで疎ましく思う稚な気がいまだにふっきれないのかもしれないが。しかしいまのわたしはすでにして当時のわたしではない。 ⸺ こころの小宇宙, p. 338 もちろん、彼我の差をいいだしたならばきりがない。第一に美しき魂の主人公には恨みがない。更級の作者のごとく弥陀来迎の悟りを得たあとにもなお尾をひくような孤独な老残の嘆きはみじんも見られない。 そもそも「美しき魂」とは何か。このことばは由来中世の神秘思想にまでさかのぼるもので、シラーによれば「自然の感情と道徳的意志とが矛盾することなく調和しているような人格」をさすという。 クレッチェン嬢は誇らかにいきる。自分はほとんど戒律というものを意識したことがない。何事も自分には掟という形で現われない。⸺わたしを導き、つねに正道をたどらせてくれるもの。それはひとつの本能なのです、と。 心の欲するところに従いて矩を踰えず。とすればかかる老境の無礙自在に、彼女は若年にして早くも到達してしまっていたわけであろうか。 ゲーテが作中の主人公に吐かせたこの信念は、彼女の鼻持ちならぬ驕慢のあかしとも受取られ、近代科学、とりわけフロイト的深層心理学の擡頭以後はこうした宗教性自体が眉唾物扱いされてきたかの感がある。少くとも己れの生物学的自然に忠実に即応し、霊肉は相剋するものときめてかかっている健康優良児たちにとってはおよそ場違いな次元であろうことだけは容易に察せられる。 ⸺ こころの小宇宙, p. 341