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続物語

「最高の愛とは、魂を目覚めさせ、私たちをもっと先へと向かわせるものだ。心に火を灯し、精神には安らぎをもたらすものだ。あなたが私にくれたのは、まさにそれだった。そして私も、それを永遠にあなたに与えたいと願っていた」⸺ 『きみに読む物語』

ご存じのとおり、阿良々木暦にまつわる物語は終わりを告げた。
いろいろ解決したし、いろいろ解決しなかった。

光があれば影が差すように、始まりがあれば終わりがある。
そして終わりがあるからこそ、また始まりもある。

というわけで、これから始まるのは終わりの続きだ

⸺ 終物語

私は19歳になった。

普段、誕生日を特別に祝うことはない。でも、この誕生日だけは少し違っていた。少し前に物語シリーズの『終物語・下』を見ていて「青春の終わり」という言葉に触れたとき、ふいに気づいた。私の18歳が、もう終わろうとしている。

『終物語・下』で、阿良々木は高校を卒業し、3月を迎え、もうすぐ19歳になる。今の私と、本当に近い。今は2月。私は19歳になったばかりで、阿良々木と同じように、まもなく大学へ進む。だからこの19歳の誕生日が特別に思えたのは、それが、18歳までのひとつの段階の終わりを意味していたからだ。

18歳は、本来ならどこか本の中にある年齢のはずだった。たとえば村上春樹は、この時期にはたくさん恋愛をしたほうがいいと勧めていた。でも、実際に18歳を過ぎたからといって、何が起こるのだろう。私にはまだ19歳も、20歳も、21歳もある。

いわゆる「青春」は、その中にいるときにはひどく長く、振り返ってはじめて短かったと気づくものだ。それでも18歳には、何かの印のような感じがあった。たしかにそれは「終わり」だった。胸が、がくんと沈むような終わりだった。

そう考える理由は、別に難しくない。18歳の一年で、私の生活は大きく変わった。日本に留学し、東京で暮らし始めた。東京は最高の街だと思った。ひとり暮らしを始めて、wild and free な生活を手に入れた。これから学びたい分野も、行きたい大学も見つけた。この一年、私はたくさん読み、たくさん学び、そしてずっとやりたかったことの多くを実際に形にできた。

まだ中国にいたころ、私は理想の生活を想像していた。当時はずっと、多くのことが中国の状況や環境に縛られていると思っていた。高校では、時間も気力も学校に奪われていた。親と暮らすことと、一人で暮らすことは、まったく違う。東京に来れば、全部よくなると思っていた。

一方で「ある時点で、ある出来事によって生活が突然よくなる」と期待するのは危険だ。だから不安もあった。東京に来れば、本当に生活はよくなるのか。

時間がそれを証明した。私の生活は、本当によくなった。今の生活が、私はとても好きだ。

けれど、変化なら毎年起きていた。16歳のころから、私の考えはずっと大きく変わってきた。18歳の留学だけで、この一年が特別になるわけではない。ましてそれだけで「18歳までのひとつの段階の終わり」など印づけられない。世界観が安定するには、18歳はまだ早すぎる。私はまだ、知らないことが多すぎる。

もし、本当に何年にもわたって続いてきた何かが、過ぎたばかりの18歳の一年で多少なりとも解決し、それゆえに私をこれほど感慨深くさせているのだとすれば、それは間違いなく、親密な関係における変化だった。


19歳の誕生日、私はこの数年でいちばんの、うれしい驚きとなる贈りものを受け取った。

私は以前、Qに『星の王子さま』がとても好きだと話したことがある。19歳になった午前0時、彼女とビデオ通話をしていたとき、彼女は突然一枚の絵を見せてくれた。それが私への誕生日プレゼントだった。


私にとって『星の王子さま』は『EVA』と同じように「大人」のための物語だ。初めて読んだとき、この本は私にたくさんの感動を与えてくれた。

飛行士が「羊の絵を描いて」という星の王子さまの願いによって、子どものころに絵を描いていたときの気持ちを取り戻すこと。
キツネが、傷つくとわかっていながら、それでも「麦の色」のために、星の王子さまと特別な絆を結ぶことを選ぶこと。
そして、星の王子さまが、薔薇が自分にとって唯一無二である理由をふたたび見出すこと。


そうした物語は、私の記憶のあまりにも多くの部分を呼び起こす。『星の王子さま』は私にとって、むしろひとつの*応え*だった。ちょうど、飛行士が子ども時代には認められなかった自分の絵を、星の王子さまに気に入ってもらえたときの、あの応えのように。

だからこそ、この「星の王子さま」の絵は、私にとって本当に大切な贈りものだった。けれど、私が受け取ったのはその絵だけではない。もうひとつの贈りもの、彼女自身もまた、私にとってひとつの「応え」を意味している。その彼女が、Qだ。

Qと私は六年前からの知り合いだ。でも、本当に親しくなったのは、彼女がフランス留学から帰ってきた中学三年のころだったのかもしれない。中三の夏休み、何がきっかけだったのかはもう覚えていないけれど、私は彼女と電話をするようになった。しばしば一度話し始めると一、二時間は続いた。彼女が文章を読む声を、私はずっと好きだった。

16歳の誕生日のことを覚えている。つまり、今から三年前の2月17日だ。そのころ私は上海で、社会科学のワークショップに参加していた。少し早めに現地に入り、一人で上海を歩いていた。はじめての一人旅で、興奮に満ちていたし、上海という街も私はかなり好きだった。

夜になるとQと「未来の一人暮らしはどんなものだろう」という話から始まり、気づけば三日間、三晩、語り続けていた。その三日間、昼は旅をし、ワークショップに参加し、夜はQと電話をした。三日間、ほとんど眠らなかった。

それもまた、ちょうどそのころだった。私は彼女に、自分の子ども時代のことを話した。当時の私にとって、それは他人には話せないことだった。話しているあいだ、私はかなり怖かった。けれど、そのような「秘密の共有」を通して、Qは私の親密圏に入ってきた。


その後の道のりは、決して平坦ではなかった。親密な関係へ踏み込もうとした私たちは、何度も衝突した。あのころのQには、親密な関係に対する抵抗感があった。

「どう応えればいいのかはまだわからないけれど、ちゃんと応えようとはしている。あなたが一方的にやっているわけじゃない。ただ、私がいちばん心地よい形で自分の感情を言葉にする方法を、まだ見つけられていないだけなの……だって私はもう長いこと、自分の内的世界の中に留まりすぎていたから。そこから出てくるのは、あまり簡単なことじゃないの」

⸺ Q 2016年3月6日

私はそこで「愛着スタイル」という理論を知った。Qが回避型であり、自分自身が矛盾型/回避型であることも知った。このことをきっかけに、人の傷や矛盾した側面を少しずつ理解できるようになり、自分自身とQを、より全体的な視点から見られるようにもなっていった。

回避型には「傷つくこと」への恐れがある。彼女がときおり抱える、得たものを失う不安や恐怖を和らげ、より安全で心地よい環境を作るために、当時の私は、ある時期毎日のように彼女へ手紙を書いていたし、自分の愛情を表現することも少しずつ覚えていった。そして「拒絶された」と感じることに振り回されなくなったことで、私は自分のアンビヴァレント/回避型のうち「不安」の部分をかなり解消できた。

この過程で、幸運にも対象関係論にも出会うことができた。自己物語の統合や、内面における自己と対象の関係について、多くのことを考えるようになった。そのころ私は親密な関係について多くの本を読み、その中には私がとても好きな『愛するということ』も含まれていた。

当時の私たちの状態は、Qの「二月 | 愛の断章」の概要の中に、まさにこう書かれていた。

私たちは原家族から受け継いだ強さと傷を抱えたまま、エリクソンのいう「親密性対孤立」の段階へと入っていく。喪失、剥奪、不可能性に直面しながら、それでもなお愛することを選ぶ力、そこにこそ人間であることの理由があるのだと思う。
「あの強い自己愛は、病という重荷から自分を守るためのものだ。だが、病まないためには私たちは愛さなければならない。それが最後の方法なのだ。もし挫折のために愛せなくなれば、私たちは病むほかない

私も彼女も、その関係からたくさん成長した。But we didn’t make it.

あのころ、私は苦しい時期を過ごした。愛にも疑いを抱き、自分自身にも疑いを抱いた。

もし自己が十分に統合されていて、内的対象関係が十分に強いのだとすれば、孤独は創造や勇気、そして新しい関係の源になりうる。だが、もし自己が拒絶や残酷さや羞恥によって打ち壊されているのなら、孤独はその結果となる。

あの時期の私にとって、孤独は原因ではなく、結果だった。


去年、私たちは再会した。今度は、孤独が私たちの出発点だった。
あのときの環境を離れ、時間がいろいろなものを和らげてくれたことで、私たちはもう一度試す機会を得た。そして今度は、うまくいった。

今、Qと過ごしている幸福な日常は、あのときの努力が本物だったことを教えてくれる。私も彼女も、本当に多くのことを変えてきた。彼女自身があの文章に書いていたように、彼女もずいぶん変わった。関係のなかで回避型がもたらしていた矛盾に向き合い、少しずつ解きほぐしてきたこともそうだし、いま彼女が続けている「集団的な自己への反抗」もそうだ。

私にとって、彼女は私のアスカだ「現実は夢の終わりであり、夢は現実の続きだ」ということを、私に受け入れられるようにしてくれた人でもある。彼女は私に、どうやって自分の輪郭を定め「自己参照」を通して「自己実現」へ至るのかを教えてくれた。

私は、彼女が「敵意のない粘り強さ」と「誘惑を含まない深い情愛」をもって私に応えてくれる、そういうところが好きだし、感謝もしている。彼女は攻撃的に拒むこともなければ、ただ感情的に何でも受け入れてしまうこともない。

たぶん私たちは、フェアバーンのいう「成熟した依存性」へ向かう途上にいるのだと思う。

冗談めかして言えば、以前こんな言葉を読んだことがある。

神経症の回復を促す要因は二つある。
第一の要因は、患者が自らの病を説明してくれる何らかの思想体系を受け入れること。
第二の要因は、患者が誰かと実りある関係を結ぶこと。

もし、かつてのあの時間が第一の要因だったのだとすれば、今の私たちは、第二の要因にもたどり着いた。

だから、より重要な「応え」は、この関係が伝えるメッセージのなかにある。私たちは原家族から離れていくことができ、私たちには変わっていく力がある。私たちは互いに、喪失、剥奪、不可能性に向き合いながら、それでもなお愛することを選ぶ力と信頼を与え合った。このメッセージは、揺るぎなく、変わることなくそこにある。

そしてそのメッセージは、私が生まれ育った家族から離れ、自分の足で歩き出す第一歩であり『EVA』における「たとえ互いを傷つけることになっても、それでもかまわない」という現実へ踏み出す第一歩でもある。この関係は、私にとって、この数年のひとつの終わりを印づけるものであり、また18歳の私が受け取った最高の贈りものでもあった。

かつて高校時代に過ごしたあの時間は、今になってみれば、むしろ『The Notebook』(『きみに読む物語』)のあの手紙に書かれていたようなものだったのだと思う。

最愛のアリーへ、
昨夜は眠れなかった。僕たちのあいだが終わってしまったとわかっているから。
もう苦くは思っていない。だって、僕たちのあいだにあったものが本物だったと知っているから。もし遠い未来のどこかで、それぞれの新しい人生を生きる僕たちがまた出会うなら、僕は喜びとともに君に微笑みかけるだろう。そして、木々の下でひと夏を過ごし、互いから学び合い、愛の中で育っていったあの時間を思い出すだろう。
最良の愛とは、魂を呼び覚まし、私たちにもっと先へ手を伸ばしたくさせる愛だ。心に火を灯し、心に安らぎをもたらす愛だ。君が僕にくれたのは、まさにそれだった。そして僕も、それを永遠に君へ与えたいと願っていた。
愛している。また会おう。


だから、これから始まるのは終わりの続きなのだ。

未来については、実のところ多くを語る必要はない。変わる力を持った私たちなら、きっとうまくやっていける。

この前、新海誠展を見に行ったとき、展示の最後に新海誠の哲学を紹介している箇所があり、その中のある一文が目に留まった。

「彼らのあいだに関係があることを示す唯一の証拠は、画面の光を放つ小さな携帯電話だけだ

『つながっているのに孤独』(シェリー・タークル著)には、デジタル時代の人は他者を実用的な対象として扱い、相手の実用的で、心地よくて、面白い部分にだけ近づこうとするようになった、と書かれている。けれど、私にははっきりわかっている。私とQは、お互いを、便利で心地よい断片としてではなく、現実に生きている一人の人間として、丸ごと知ろうとしている。

私たちに意見の食い違いがまったくないわけではない。でも、そのあいだには確かなコミュニケーションがある。すれ違いが生じたとき、私たちは自分の感情を言葉にしようとしている。相手を責め、互いに傷つけ合う泥沼に落ちないよう努めている。私たちは毎日、自分たちの現実の生活を分かち合っていて、いわゆる「面白い」部分だけを選んで相手に見せているわけではない。私とQが、よくある「擬似的な親密関係」にはまり込んではいないことを、私は知っている。

私たちは、愛を感情だけにとどめないよう努力している。彼女がいつも私に話してくれる政治やビジネスや法律のことも、私が彼女と分かち合うテクノロジーや人文学のことも、私たちは互いの世界を見せ合いながら、二人の世界を豊かにしている。同時に、生活のなかのバランスも探し続けている。毎日十分にコミュニケーションを取りつつ、それぞれの世界を育てるための余白も残す。少し前から始めた、ビデオ通話をつないだまま、それぞれが自分のことをするというやり方も、とてもよい試みだった。

高校時代に、自分がどんな生活を望んでいるのかを考えたとき、私は「勉強ができれば、望む生活が手に入る」という考えが誤りであることに気づいた(たぶん大半の人は、その考えの誤りそのものには同意するだろう。でも、高校という環境の中でそれに反抗することは、まったく別の問題だ)私は、自分がどんな生活を望んでいるのかをはっきりさせ、その生活をひとつずつ現実にしていきたいと思った。よい生活とは、ぼんやりと遠くにあるものではなく、目の前にあるべきものなのだ。

そして、よい親密な関係もまた同じだ。私は、私たちがこの関係の中で十分な洞察と行動力を持ち、関係を成り行きに任せて破滅させなかったことを、本当によかったと思っている。だから私は、未来はきっとよいものになると信じている。

愛とは、生命力に満ちた能動的な人格のあらわれだ。それは、愛する相手への自己投影だけではない。むしろ、私の生命力をあなたに伝えることなのだ。

あなたが私を愛していると感じられるのは、あなたが自分の生命を「与えて」くれているのを感じるからだ。もちろん、それはあなたに「愛」のためにロマンティックに死んでほしいという意味ではない。あなたの中にある生命力に満ちたものを私に与えてくれることに感謝している。あなたが人生の中の喜びや、好きなものや、楽しみや、知性や、悲しみを私と分かち合ってくれるのを、私はちゃんと感じている。

そして、与えることは単に何かを得るためではないし、そうである必要もない。あなたの見返りを求めない贈りものを通して、私は自分の中で、生命力が蘇るのを感じる。ただ、ありがとうと言いたい。

⸺ Q

ありがとう。